京都往復その七
平成21年3月14日に結婚式によばれて京都へ行ってきた話、の続きです。
いい加減ダラダラ続いたこの京都の話もいよいよ終わりです。
披露宴会場への集合時間は14:00
そして今、維新の道へ入った所
披露宴会場はその維新の道のすぐ側にある京大和。
時間はあと20分ある。
披露宴会場の入り口を確認し、残りの時間を使って京都霊山護国神社へ向かう。
そして、維新の道を登って京都霊山護国神社へ。
結構な上り坂が5分ほど続く
神社入り口の碑
墓の参観料300円を納め、さらに階段を登る。
天気もすっかり回復し、日差しも出てきた。
この階段がなかなかどうして、焦る気持ちとあいまってなかなか疲れる。
そしてようやく到着。
坂本龍馬、中岡慎太郎の銅像
実際は結構小さい
いやはや感慨深い・・・
色々な人がここを訪れ、様々な思いを馳せているんだろう、と
その場所から京都市内が一望できる。
晴れてきたので見通しも良い。
これが坂本龍馬、中岡慎太郎が見渡す京都市内(西方面に向かう)
ここの墓地にはその他に、長州藩や水戸藩など
維新に活躍した多くの志士が眠っている。
時間が無くて参拝すら出来ず。
が、しっかり坂本家の家紋はお土産としてゲット。
掛けるように坂を下り、披露宴会場へ。
披露宴会場は京大和 翠紅館
HPより
翠紅館広間は、三条実美、桂小五郎、坂本龍馬ら、志士たちの会合の場所となりました。
文久三年一月二十七日には、土佐藩 武市半平太、長州藩 井上聞多、久坂玄瑞ら多数が集まり、さらに、同年六月十七日には、長州藩 桂小五郎、久留米藩 真木和泉守ら、各藩の代表者が集まって、攘夷や討幕などの具体的方策を検討しました。
これが世に言う「翠紅館会議」です。
送陽亭には、桂小五郎、武市半平太、久坂玄端、井上馨、真木泉守が集まり、会合を開きました。現在は、保護建造物となっており、参加者の写真が室内に飾ってあります。
なんとも歴史のある場所。
英傑揃いだ。
このような場所で披露宴を挙げる友人とは・・・
料理はもちろん和食。
いやいやコレがまた美味かった。
日本の中心であった京都。
その歴史の深さは計り知れない。
ほとんど無知のままの観光地巡りだったが、とてもよい経験だった。
ホンの数パーセントくらいしか堪能していないだろうが、これからの人生はまだまだ(と、したい)
ゆっくりじっくり、日本の歴史を勉強して、また様々な史跡を巡って行きたい。
◇◇行った所◇◇
・北山鹿苑寺(金閣寺)
・竜安寺
・仁和寺
・北野天満宮
・出町ふたば(豆餅)
・知恩院(三門だけ)
・霊山護国神社(坂本龍馬の墓)
ほぼ半日にしては、結果的にボチボチまわれたほうかな?
結局この夜、21:40京都駅発の高速バスに乗って、翌日5:30頃には高崎駅に到着。
酒を飲んで寝ている間に帰ってくるのは、かなり疲れるがメリットもそこそこ。
ゼロ泊の京都往復の旅はまんざら悪くは無かった。
チケットの買い方も分かったし、週末ぶらり旅として何往復かすれば、ソコソコ京都に詳しくなれそうだ。
いずれにせよ、旅は良い。
お疲れさ~ん
半日でこれだけ行けば上出来だよね。
この京都旅行シリーズを読んでると、
すっごくノスタルジックな気分になってきた
秋には大学前のイチョウが見事で、
特に夕日にあたると一面が金色世界。
でも潰れた銀杏で、う○こ臭がすごかったな~とか
走馬灯のように思い出が駆け巡ってるよ。
あ~私も京都に行きたいな
投稿: たかたか | 2009年4月22日 (水) 21時44分
>たかちゃん
郷愁にふける感じですかい?
青春とは、過ぎてから気付くものなりか・・・
行き先にすこしは記憶とかぶるところがあったかな
京都って良いね
銀杏・・・
ぎんなん坊主はジャガーの腰ぎんちゃくみたいなもの
おでんくんはオモシロイ
投稿: じん | 2009年4月23日 (木) 13時06分